連載
経済性か機能性か、STOL機のジレンマ ~ 連載【月刊エアライン副読本】
【連載】ヒコーキがもっと面白くなる! 月刊エアライン副読本
「空のエンターテインメント・メディア」として航空ファンの皆さまの好奇心と探究心にお応えすべく、航空の最前線、最先端技術などを伝えている月刊エアライン。そんな弊誌でテクニカルな記事や現場のレポートを中心に執筆に携わる阿施光南氏が、専門用語やテクノロジーをやさしく紹介するオリジナルコラムです。
英語の短距離離着陸の頭文字を取るとSTOL、それが可能な飛行機をSTOL機ともいう。ストールと読むと失速(stall)とまぎらわしいので、エストールと読む。ただしどのくらい短距離ならばSTOLかという統一された定義はなく、普通より明らかに短い距離で離着陸できればSTOL機といってもいい。

どうすれば短距離離着陸が可能になるかというわかりやすい例が、昨年開発中止となったATR42-600Sだ。標準型のATR42-600よりも短い滑走路で運用できるよう離陸時のフラップ角を深くし、その大きな抵抗にも打ち勝って素早く加速できるようエンジンを強化した。さらに飛行中に使うスポイラーを着陸時にも使用できるようにしたうえで、オートブレーキも装備した。
このように「低速で飛べる」「素早く加速できる」「素早く減速できる」というのがSTOLの基本だ。

ATR42-600Sは低速でも効きのよい大型ラダーも装備する予定だったが、最初から本格的なSTOL機を追求するならば、さらに強力な高揚力装置やエンジンが必要になっただろう。それらは複雑で重く、機体価格や運航コストを押し上げる。
その経済性の悪さがSTOL機の弱点であり、それに目をつぶってでも短い滑走路で運航しなくてはならない事情がある航空会社にしか商機がない。
例えば沖縄では1972年の本土復帰により日本の航空法が適用され、滑走路長の解釈が変わった。その結果、与那国空港などではそれまで使われていたYS-11が運航できなくなり、STOL性能に優れたDHC-6ツインオッターが導入された。DHC-6は座席数がYS-11の3分の1以下で巡航速度も遅かったが、妥協しなくては路線を維持できない。

ちなみにメーカーのデ・ハビランド・カナダ(後にボンバルディアに統合。現在は再び分離)がSTOL機の開発に力を入れたのは、十分に整備されていない滑走路が多く、冬には氷雪に覆われるカナダ辺境の過酷な環境に適応するためである。
DHC-6のベースになった単発のDHC-3オッターも、その元になったDHC-2ビーバーもSTOL機だった。またDHC-6よりも大型のDHC-7はターボプロップ四発機だったが、主翼の広い範囲にプロペラ後流を当てることでSTOL性能を高め、600mの滑走路からの離着陸が可能だった。

しかし、わずか50席あまりの旅客機に四発エンジンはあまりにも不経済であり販売は低迷した。そこで後継機のDHC-8はSTOL性よりも経済性を重視した双発機として成功し、日本でも多数のQシリーズが使われた。
経済性が低いSTOL機を使うよりは滑走路を延ばして経済性の高い旅客機を就航させる方がよいというのが世界の趨勢となったのだ。
とはいえ滑走路を延ばせない空港もあり、そこではATR42-600Sが救世主となるはずだった。しかし、そんな需要はATRが期待したほどなかったというのが開発中止の大きな理由である。

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