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ルフトハンザ・エアバスA340-300のコクピットに乗って、フランクフルトへ【パイロットが乗客に! マニアック搭乗記】
小さなエンジン4つでゆっくりと離陸・上昇
さて、飛行機は滑走路へ進入、離陸許可が出ました。離陸推力は「FLEXスラスト」といって、フルパワーの離陸ではありません。エンジンが小さく非力なイメージのA340ですが、滑走路長が十分長く、離陸後の上昇勾配の指定が厳しくなければ、こんな長距離国際線でもフルパワーを使わなくて良いというところはちょっと意外かもしれません。しかし、できるだけ滑走路長を有効に使って低いスラストで離陸することは、エンジンライフ(寿命)の観点からも非常に有効です。
また離陸時にエアコンをオフにして、エンジンパワーを最大限加速上昇に使う手順もあります。今回のフライトもそのようにして、離陸後速やかにエアコンをオンにする運用がなされていました。EGT(エンジン排気温度)を少しでも下げて、エンジンを労わる手順が常に採用されているところも、古い機材を長く使い続けるためのノウハウの1つなのかもしれません。

離陸後はやはりA340といったところ。上昇率は非常に悪く、他機種を経験していると計器を見て少し驚くほどです。今回も上昇率を上げろと管制からの指示がありましたが、コクピットクルーからすると大変難しい指示です。なかなか管制機関も機種ごとのパフォーマンスまでは考慮しきれない部分があるでしょうし、他機とのセパレーションを考える上でどうしても早く上がってほしいということだったのだと思います。しかし上昇においては、4つのエンジンをフルパワーで使っても他機種ほどの性能が期待できないところが、少し前の世代の飛行機ならではといえます。

揺れる機内、でもビジネスクラスシートでミールを堪能
フライト前半は散在する積乱雲を避けながらの飛行でした。飛行機のパフォーマンス上の制限から、離陸直後の重量が重い状態では巡航高度も低めに設定せざるを得ません。ちょうど雲頂付近での飛行が続くこともあって、客室でも揺れが続きます。もどかしい思いを抱えながら、コクピットでは忙しく「WX Deviation」のリクエスト(雲など悪天候を避けるため、管制機関に進路の変更をリクエストすること)が続きます。特に層雲系の雲に隠れた積乱雲を見つけるのは難しく、気象レーダーに映る雲画像を頼りにするという、かなり忙しい状況です。

その後、私は一度客室に戻り、ミールサービスを楽しむことに。今回は運良くビジネスクラスの座席に着席でき、ルフトハンザならではの豪華な食事とホスピタリティを堪能できました。しかし、特に最初のミールサービスの時間は最も気象状態が悪いときだったため、なかなかの大きな揺れの中、客室乗務員のみなさんも大変だっただろうと思います。窓の外を見てもちょうど雲のトップ(頂上)付近で、揺れは雲に出たり入ったりを繰り返すことによるものです。パイロットとしてもとてももどかしい時間で、私もこのような状況だと「もう少し性能が良ければなぁ」と常々思うところです。
A340の揺れは、やはりボーイングのようなふわふわした揺れとは違って硬めですが、それでも大型機特有の揺れのマイルドさを感じます。A320ほどガタガタしないものの、周期の短い揺れとでも表現したら良いでしょうか。もしかしたら「空酔い」しやすい人にはこちらの方が良いのかもしれません。

GPSの妨害・偽装にも悩まされる、紛争地域近くの航空路
その後は燃料消費に伴って機体が軽くなることで、少しずつ高めの高度まで上昇、揺れも収まります。巡航中、降下中ともにコクピットクルーとお話することができ、この路線ならではの事象にも遭遇することができました。今回のルートは、ユーラシア大陸を東から西に横断する経路です。当然、紛争中のウクライナ付近も通過するわけで、その辺りは特に飛行経路が狭く、仮に積乱雲回避のために前述のような「WX Deviation」を要求しても許可されない場合があります。

また、最近の飛行機はGPS(GNSS)を航法装置に取り入れ、常にGPSで位置を測定しながら飛んでいます。紛争地帯では、そのGPS電波が巧妙に細工されていたり、使えなかったりする場合もあります。もちろんGPSがなくても旅客機は飛行できるのですが、GPS信号を使ったコクピット計器や装備が一時的に使えなくなったり、あるいはあり得ない警報が出たりする場合があるのです。「GPS Jamming」(GPS電波の妨害)あるいは「GPS Spoofing」(GPS電波の偽装)と言うこの事象は特に最近、紛争地域以外でも起こることがあるため、コクピットクルーは適切に対処できるように訓練していますのでご安心ください。今回も電波の偽装が実際にありました。

また今回のフライトは長いので、コクピットクルーも3名体制(マルチクルー運航)です。この3人のパイロットが交代でコクピットに座り、1人は休憩するという運用をしています。会社によって機長2人、副操縦士1人のときもあれば、機長、副操縦士それぞれ1人に加えてクルーズキャプテンやSFOという、巡航中のみ機長の代理ができる資格を有する副操縦士の合計3人のこともあります。もっと長いフライトになると、機長、副操縦士それぞれ2人ずつのダブルクルーによる運航になります。
今回はマルチクルーなので、休憩を取るクルーは1人でクルーレストまたはクルーバンクという休憩室に行きます。機種によってその場所はさまざまですが、コクピット用とキャビンクルー用で場所が異なります。イメージとしてはカプセルホテルのようなベッドで、空調や照明の調整が可能です。航空会社がオプションで選べるクルーバンクですが、ある機種とない機種では運航乗務員の連続勤務可能時間が変わってきます。パイロットも人間ですから、夜には眠くなりますし、長時間同じ姿勢で座りっぱなしは非常に辛いのです。パイロットがフライト中も十分に休息を取れる施設で休憩することは、飛行の安全性を高めることに繋がります。

ちなみに昔、A330とA340は巡航速度が遅いと話題になりました。もちろん短距離を主にフライトする737やA320ほど遅くはないのですが、日本からヨーロッパに向かう路線では、747-400と比べると飛行時間が1時間も長いというデータもあるほどです。飛行機自体が経済性を維持したまま出せる巡航速度というのは機種ごとに決まっていて、A340も頑張れば速度を増加させることができるのですが、そうすると燃費が著しく悪くなります。747-400や最新鋭機は大体マッハ0.84〜0.85前後で経済的な運航が可能ですが、A330とA340の「Mmo(故意に越えてはならない最大速度)」すらマッハ0.86であることからも、経済的な巡航速度はやはり低めであると言わざるを得ません。

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いよいよ、フランクフルトへ到着!
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