特集/本誌より

Safran Seatsに聞いた、旅客機のシートができるまで

発売中の月刊エアライン最新号(2025年10月号)では、旅客機のキャビンとサービスに焦点をあてた特集をお届けしている。搭乗体験の根幹にあるのは、ときには十数時間も身を委ねることになるシートだろう。そんな旅客機のシートはどのような会社が、どのような基準や工夫のもとで作っているのか。上級クラスからエコノミークラスまで、世界各国のエアライン向けにシートを製造するSafran Seatsにて、マーケティング担当ヴァイスプレジデントを務めるゴドー氏、そしてサフラン・ジャパンの代表を務めるオードリー氏にお話を伺った。

文:ウォレンス雄太(本誌編集部)
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ジョン・クリストフ=ガドー氏

ジョン・クリストフ=ガドー氏Jean-Christophe Gaudeau
Safran Seatsマーケティング担当ヴァイスプレジデント

2014年からSafran Seatsの前身であるZodiac Aviationにて戦略的プロジェクトの責任者を務めたのち、2018年から現職。それ以前にはエールフランス-KLMにおいてシニア・プロジェクト・マネージャーとしてビジネスクラスの顧客体験を担当するなど、ダッソー・アビエーション、エアバスヘリコプターズなどを含め、航空業界において25年以上の経験を持つ。世界各地に点在するSafran Seatsのさまざまな部門を率いて、同社の製品マーケティング戦略を管理している。

オリヴィエ・オードリー氏

オリヴィエ・オードリー氏Olivier Audry
サフラン・ジャパン株式会社 代表取締役

自動車業界を経て、2008年にサフラン・グループへ。当初はエールフランス-KLM向けに客室装備のセールスとメンテナンスを担当した。2015年、日本拠点立ち上げに伴い本邦へと赴任。2022年からサフラン・ヘリコプター・エンジンズ・ジャパン株式会社の代表に、そして2024年のサフラン・ジャパン株式会社立ち上げに伴い現職に就任した。サフラン・グループの日本における事業(販売や顧客サポート、サプライヤーとの連携など)を統括している。

その起源は90年以上も前、Safran Seatsとは

 フランスに拠点を置くサフラン・グループ。エンジンからアビオニクス、そして防衛装備品まで、航空業界の幅広い分野で名を馳せている企業である。だが旅客機シートの分野では、「Safran」という名前自体はニューネームだ。

 かといって、同グループのシート部門、Safran Seatsの歴史は決して浅くはなく、むしろその起源は90年以上も前に遡る。同社は1933年創業の英LA Rumbold、1941年創業の米Weber Aircraft、1944年創業の仏SICMAという3社の血統を受け継いでいるのだ。そんな同社がSafran Seatsの社名となったのは、2018年のこと。現在もSafran Seats GB、Safran Seats US、Safran Seats Franceとしてルーツのある国にそれぞれ拠点を置き、旅客向けはもちろん、コクピットの座席なども手がける。

 日本との関わりも決して新しいものではない。1977年にANAへ初めてシートを納入して以来、我が国の航空会社との関係は半世紀にもおよぶ。さらにサフラン・グループ全体で見れば、航空機向けエンジンにおいては1921年から日本で事業を展開。そしてサフラン・エアクラフト・エンジンズ(旧スネクマ)とGEエアロスペースの合弁会社、CFMインターナショナルが製造する737 MAXやA320neo向けのLEAPエンジンについても、そのパーツを日本のサプライヤーが供給するなど、製造面でも日本との関わりを持つのだ。日本にはサフラン・ジャパン株式会社として、偶然にも小誌を発行するイカロス出版と同じビルに拠点を置き、顧客向けのサポートやサプライヤーとの調整などを行なうスタッフが駐在している。

 このように日本との関わりが深いサフラン・グループ。近年だけに絞っても、Safran Seatsは日本のエアライン向けに下記のシートを納入している。

・ANA 777-300ER「THE Room」、787-9 「THE Room FX」 、777-200/787-9/787-10新プレミアムクラス
・JAL A350-1000 ファーストクラス、ビジネスクラス、プレミアムエコノミークラス
・スターフライヤー A320neoシート

ANAが2026年からボーイング787-9に搭載するビジネスクラス「THE Room FX」。カタログ製品ではなく、ゼロから新規開発されたシートだ。その開発秘話については、発売中の月刊エアライン2025年10月号でたっぷりとご紹介している。Photo: Fukazawa Akira
JALのA350-1000のビジネスクラス。Safran Seatsのカタログ製品「Unity」をルーツとしているが、ほぼ独自の製品と言って良いほどJAL仕様にカスタマイズされている。Photo: Fukazawa Akira
スターフライヤーのA320neoは、Safran SeatsのZ400を採用。同製品は本来、長距離国際線を念頭にラインナップされた製品だが、スターフライヤーはあえてこのゆとりあるシートを導入し、快適性向上を図っている。Photo: Konan Ase

スタートから完成まで3〜5年、旅客機のシートができるまで

 実際にこうしたシートは、どのようなプロセスを経てできあがるのか。それを語るにあたっては、「サフランのカタログ製品の開発」という場合と「航空会社のオリジナルシートのゼロからの開発」という場合に大別できる。先ほど挙げたシートでいえば、JAL A350-1000のビジネスクラスとプレミアムエコノミークラス、ANA「THE Room」や新プレミアムクラス、スターフライヤーA320neoのシートが前者(ただし、いずれも各航空会社の仕様にカスタマイズされている)、JAL A350-1000ファーストクラスやANA「THE Room FX」が後者にあたる。

 いずれの場合も、シートの開発は初納入の3〜5年前、まずは初期コンセプトを決めるところからスタート。カタログ製品ならば、直近のトレンドや乗客の動向をリサーチするほか、最新の当局の安全基準も確認。航空会社へのアンケートなども実施する。

 一方で航空会社のオリジナルシートの場合、航空会社が求めているシート像のヒヤリングが最初のステップだ。この段階では、航空会社側がすでにデザイン会社などと契約し、ある程度まとまったコンセプトができているケースもあれば、全くのゼロの状態という場合もある。

 続いて初期のコンセプトをもとに、コンピューター上でモデリング。人間工学に基づいた形状の最適化や、重量・構造が問題ないかのシミュレーションを実施する。そこからさらに実物のプロトタイプを製作し、乗客の快適性、堅牢性、当局の安全審査に合格するかなど、厳しいテストを重ねるのだ。実際には1つのプロトタイプでは足りず、複数を製作したうえで、すべての要件を満たす最終形に近づけていく。

シートデザインの初期段階では、このようにインスピレーションとなるアイテムから着想を得つつ、スケッチを描くところから始まる。Photo: Safran Seats

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