特集/本誌より

ダグラスDC-8 - 幕開けたジェットの時代、あふれる名門の熱情と先進性(2)

特集「Jet Airliner Technical Analysis」

文:浜田一穂
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DC-8
主翼後縁内側にフラップをまとめて配置した特徴的なDC-8のリアビュー。外側にはエルロンが同様にまとめて配置されている。
Photo:Ryohei Tsugami

707よりも先進的

 ダグラスDC-8とボーイング707は、長距離ジェット・エアライナーの基本形態を確立した機体だ。この2機種の前後のジェット・エアライナー、デハヴィランド・コメットやツポレフTu-104、ヴィッカーズVC10の形態と、DC-8や707の形態とを比べてみれば、言っている意味が分かるだろう。エンジンを独立したポッドに収めて低翼の後退翼の下に吊るした形態は、その後の四発(あるいは双発)ジェット・エアライナーへと引き継がれて来ている。
 共通する要素の多いDC-8と707だが、もちろん異なる点も少なくない。面白いことには保守的というダグラス社の定評に反して、DC-8の方が空力を始めとして先進的な試みが多い。DC-8の方が後から設計に着手したので、それだけ進んだ技術を取り入れられたからでもあるし、ボーイング社にはB-47やB-52のような技術的出発点があったのに比べて、ダグラス社にとってはDC-8が最初の四発大型ジェット機なので、かえってフリーな発想で設計を進められたということもある。後発のDC-8が707を意識して、ことさら新機軸で差別化を図ったせいもあろう。
 707と比べたDC -8の先進性は、例えば主翼の翼型に現れている。707の翼型はいわゆる層流翼で、B-47以来基本的には変わらない。
 翼型の回りの圧力分布を調べると、層流翼では翼上面の負圧が全体として家の屋根のような形になる。そこで層流翼型をルーフトップ(屋根)型とも呼ぶ。
 ところがダグラス社がDC-8用に新たに開発した翼型(翼根から翼端へDSMA128~DSMA87~DSMA88)では、負圧のピークが前縁の直後に来て、そこより後ろ側では負圧はなだらかに低下していく。そこでこのような翼型をピーキー翼型と呼んでいる。
 ルーフトップ翼型では、音速に近付くと上面に強い衝撃波が立ち上がって、その後ろでは気流の剥離が起きて抵抗が急増する。ところがピーキー翼型だと、同じくらいの速度でも弱い衝撃波が立ち上がるだけで、抵抗が急増するマッハ数(MDD)はルーフトップ翼型よりも高くなる。
 だから同じ翼厚、同じ後退角であれば、ピーキー翼型はルーフトップ翼型よりも高いマッハ数を出せることになるが、DC-8の場合には巡航速度は707と同じ程度に抑えて、主翼の後退角を小さくしている。1/4翼弦における主翼の後退角は、707の35度に対して、DC-8は30度でしかない。マッハ0.8~0.9で巡航する長距離ジェット・エアライナーで、DC-8よりも主翼の後退角が小さい機種は存在しない。この主翼のお陰だろう、DC-8は中低速を含めて操縦安定性には定評がある。
 ピーキー翼型では前縁が丸みを帯びているので、一見すると層流翼型よりも旧式の翼型に感じられる。だからDC-8の主翼の革新性は1950年代当時にはあまり注目されなかったが、いまから見ればスーパー・クリティカル翼型につながる先進的な空力設計だったのだ。
 DC-8の先進性はこれだけではない。こちらは登場当時から話題になったが、DC-8の主翼付け根の翼断面は通常とは逆に下面が膨らんだ、いわゆる逆キャンバーになっている。これは胴体の影響で後退翼の付け根付近では翼上面の等圧線の角度が減ってしまう現象を補正するための手段で、流線に合わせて付け根付近の翼断面と取付角を修正した結果だ。
 これらの新機軸を採用したDC-8の主翼だったが、実際に飛行テストしてみると見積もりよりも抵抗が過大で、巡航速度は869㎞/h(保証値は913㎞/hプラスマイナス3%)しか出なかったし、航続距離は8%も不足していた。
 ダグラス社では就航の前後に翼端を0.41m延長したり、燃料タンクを増設したり、フラップを1.5度下げて巡航するよう推奨したりと対策に大わらわだった。最終的には1961年の通算148号機から、主翼前縁を4%延長して翼型を修正(前縁半径を小さ目にする)して、ようやく保証性能を達成出来た。どうやら翼型の遷音速風洞実験データと実際の抵抗との間に食い違いがあったようだ。
(続く)

DC-8
販売実績ではライバル707の後塵を拝したDC -8だが、ジェットの新しい空の旅の主役として、世界の多くのエアラインが愛用したことは事実。写真はSASのファースト・クラスで、お待ちかねのディナータイムが始まる頃だ。
Photo:SAS

※ この記事は本誌連載「Jet Airliner Technical Analysis」、小社刊「ジェット旅客機進化論」より抜粋、再編集したものです。

ジェット旅客機進化論

ジェット旅客機進化論

著者:浜田一穂 著
出版年月日:2021/09/27
ISBN:9784802210706
判型・ページ数:A5・548ページ
定価:2,860円(税込)

イカロス出版 本書紹介ページ

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