連載
多様性と主体性でANAブランドを支える――酒井圭一 社長に訊く、エアージャパンの現在地

連載「大空を紡ぐトップの針路 ~航空業界のリーダーに訊く」
空から地上まで、多様な場所で多様な業種が織りなす航空業界。本連載では、業界を牽引するさまざまな企業のトップへのインタビューを通じて、各社の現在地と目指すべき未来の姿に迫ります。
航空業界の未来を見通すべく、関連企業や団体のリーダーにインタビューをしていく本連載。第1回は、今年4月にエアージャパンの新社長に就任した酒井圭一氏に迫る。
自社ブランド「AirJapan」は2025年度末をもって運航を休止し、現在は再び、一貫してANAブランド便の国際線運航を担う会社としての道を歩み始めている。その転換期に舵取りを任された酒井氏は、その経験をどのように活かし、どんな組織を目指そうとしているのか。エアージャパンの現在地と、今後の展望について話を訊いた。
目次
Leader 01:
株式会社エアージャパン 代表取締役社長
酒井 圭一氏
1993年にANA入社。大阪支店で座席管理や旅行代理店営業などに約7年間従事したのち、乗員部(フライトオペレーションセンター)に配属。2014年に広報部、2019年に同担当部長。2020年に再びフライトオペレーションセンターに配属され、B777部担当部長、B787部担当部長を歴任。2023年から労政部の担当部長を3年間務め、2026年4月から現職。
●運航の最前線で培った調整力と組織運営
Q:FOCで長くキャリアを積まれていますが、具体的にはどのような業務に従事されたのでしょうか?
酒井氏:ボーイング767のスケジュール作成や当直(スケジュールの運用・管理)の業務を経験したのち、組合対応や総務的な仕事を担当しました。例えば、2004年に羽田空港の第2ターミナルができたときには、引っ越しの担当なども行ないましたし、FOCの広報業務も少し担当して、映画「ハッピーフライト」の撮影サポートなども行ないました。
本社の広報部を経験したあとにFOCに再び配属された際には、マネジメント全般を担い、スケジュールの作成はもちろん、運航乗務員も含めた部会を運営するなど、組織運営そのもののマネジメント業務を行ないました。
ちょうど2020年のコロナ禍の真っ只中で運航便が極端に少なくなった状況から回復に至るまで、運航乗務員と力を合わせて乗り切る3年間になりました。当時はパイロットの休業などもありましたが、貨物運航のニーズが早めに高まったため、それに対応していきました。
また、エンジンに起因して国内線のボーイング777が飛ばなくなるなど別の課題もあり、運航がこれまでの前提と大きく異なる状態になるなかで、どのように乗り切るかを運航乗務員と相談しながら進めていきました。
Q:ANAのFOC勤務時に、エアージャパンのパイロットとの関わりはあったのでしょうか?
酒井氏:ボーイング787のANAの運航乗務員が、指導層としてエアージャパンに出向で行き来しています。私はFOCのボーイング787乗員部にいましたので、いまもFOC時代に関わりのあった方がたくさんいらっしゃいます。
●AirJapanブランドが残した“主体性”
Q:今春まで展開していた「AirJapan」ブランドの運航経験は、現在の業務にどのような影響を与えていますか。
酒井氏:自社ブランドでの運航は非常に大きな知見になっています。自分たちのブランドをゼロから作っていくということや、運航会社としてのオペレーションそのものを自分たちでアイデアを出しながら作っていった経験は、オペレーション力の強化につながっていると思います。
また、自ら考えて「こういうことをやったら面白いんじゃないか」と色々な挑戦をしてきたというマインド、主体的に取り組む姿勢、オペレーションをよりよくしていくための発案といったマインドは、確実に残っています。いま、社員と話をしていても、そのことを感じますので、これをいかにANAブランド便の運航につなげていくかがポイントだと考えています。
Q:そうしたAirJapanブランドで得た知見や他部署との連携は、現在のANA便の受託運航にどのように活かされているでしょうか。
酒井氏:自社ブランドの立ち上げや運航にあたり、海外空港も含めたANAグループのさまざまな部署と、それまで以上に深く連携して仕事を行なった経験を経たことで培った人脈や気づきの視点は、ANAブランド運航を拡充していくうえでも活かされています。
客室乗務員からは、AirJapanブランドの、装備品などが潤沢とは言えない環境下で臨機応変になしうるサービスを考えた経験は、ANAブランドでできるサービスを考えるうえでも役立っているという話も聞いています。お客さまに喜んでもらいたいという思いは変わりませんし、2つのブランドがあったなかで、サービスの仕方をどのように工夫すればよりお客さまに喜んでもらえるか、さまざまな視点で取り組んだことは、確実に発想力を豊かにし、幅を広げていると思います。
また、自社ブランドのときは、マーケティングからイレギュラー対応まで、自分たちですべてを行なう必要があり、オペレーション全体を一気通貫で見る経験となりました。全体的な視点を一度学んだことは、そこから生まれる後工程や前工程も含めた想像力も含めて、ANAブランド便のオペレーションを遂行するうえで、知見として昇華していくと考えています。
Q:ANA便運航時の乗客の声は「ANAに対する声」として届くと思いますが、AirJapanブランド便のときには、ダイレクトに自社への声として届いたと思います。そのあたりで気持ちの変化などはあったのでしょうか。
酒井氏:ANAブランド便であっても、運航そのものの責任は間違いなくエアージャパンにありますので、ブランドがどうであれ、それは自分たちの責任として受け止めています。AirJapanブランドは休止となりましたが、ANAブランド便の運航においても、路線によってはエアージャパンしか運航していない、あるいはほとんどがエアージャパンという路線がありますので、エアージャパンから気づきをANAに対してしっかり発信していく、あるいはサービス向上の提案をしていくなど主体的に関わり、お客さまの期待に応えていくことが大切だと考えています。
ここでも、自社ブランドで主体的に取り組んだ知見が活きてくると考えています。
実際に昨年(2025年)、エアージャパンの客室乗務員が「CA’s ミッション」というものを自発的に作成しました。「Sharing is Caring」という言葉を掲げ、生産量が拡大し新入社員も含めて組織規模が拡大していく環境においても、自分たちの知見や気づきをみんなでシェアし、ANAブランドにおける安全やお客様体験価値向上に活かしていくんだという姿勢を、客室乗務員自らがミッションとして考えて作り上げています。そうした次のステップに向けた切り替えと知見の活用は、すでにスタートしています。
●社長室のお菓子もきっかけに――距離を縮めるコミュニケーション
Q:ところで、社長就任の話を聞かされたときは、どのような心境でしたか。
酒井氏:率直に言って驚きがありました。私自身、エアージャパンでの経験が初めてでしたので、そういう意味では楽しみでもありました。「社長として何をすべきなのだろうか」と率直に思い、そこからエアージャパンについて詳しく研究し始めましたが、調べていけばいくほど特色のある非常に面白い会社だと思いましたし、自分としてやれることが色々とありそうだと感じました。
Q:そうしたなか、社員の皆さんとのコミュニケーションについてはいかがでしょうか。
酒井氏:この成田のオフィスも、ワンフロアに収まる形になっています。極力日頃よりコミュニケーションを取ろうという姿勢で職場を歩いたりしていますので、距離感は割と近く、コミュニケーションを取りやすい環境を一定程度作れていると思います。そういったなかで、遠慮なく、お互いに尊重し合いながら、本音で話をしていければいいと思っています。
Q:社員の皆さんとの対話のなかから、「本音」を引き出すための工夫や、それをどのように安全やサービスに活かしていくかをお聞かせください。
酒井氏:まずは、本音で話せる雰囲気づくりやコミュニケーションの機会を増やすことが大切だと思って取り組んでいます。そうした環境が、おかしいと思ったことをしっかりと発言できるアサーション文化にもつながっていくと考えています。
その一環として、役員対話というものを積極的に行なっています。客室乗務員の班会や、各部署の部会や課会といった現場の会議に顔を出して、対話の機会を設けています。そこでは、まずはアイスブレイクとして失敗談も含めて長めに私の自己紹介をすることもありますし、「私はここが大切だと思うけれど、みんなはどう思う?」といったテーマを出して対話をしており、すでに15~16回ほど実施しました。現場の実態を自分の目で見て、社員が本音ではどう思っているのかを知ることが、安全で高品質なオペレーションやサービスを作るうえでも重要だと考えています。
その延長線として、社長室にお菓子を置くということも始めました。「社長室ってなんとなく入りづらいんです」という話を客室乗務員から聞き、どうしたら来てくれるか相談したら、「お菓子を置いたらどうですか?」と提案されたので、翌日からすぐにスタートしました。そうしたところ、多少ハードルが下がったのか、多くの社員が気軽に立ち寄ってくれるようになりました。
本音を聞いて実態を把握し、本当にやらなければならない、やるべき課題をちゃんと見つけて、そこにしっかりと対応していくことが重要です。
また、先日は客室乗務員のエマージェンシートレーニング(緊急脱出訓練)に実際に参加して、プールでの救命ボートを使った訓練などを体験してきましたが、いかに落ち着いて行動することが大切であるかということを肌で感じてきました。インストラクターによって入念に準備された本番さながらの緊迫感のある内容で、終わったあとも、さらなる改善点について真摯に振り返っている様子を見て、安全を追求し続ける姿勢を誇りに思うとともに、頼もしく感じました。
このような現場の努力や工夫も含めて、極力正確に職場の状況を把握することで、日常のコミュニケーションでも共通の話題として深く話せるようになると思っています。今後も機会があれば、色々な場面で現場との接点を持てるよう努めていきたいですし、同じ温度感で対話をするということも、すごく重要なポイントだと考えています。
●多様な人材がANAグループの国際線の成長を支える
Q:エアージャパンが運航するANA便の現状について教えてください。
酒井氏:羽田発着と成田発着があり、就航先としては、台北(松山)、クアラルンプール、シンガポール、バンコク、シドニー、香港、ホーチミンの7都市があります。現時点では、台北(松山)、シンガポールは、エアージャパンしか飛んでいない路線になっていますし、ほかの路線も、多くの便の運航をエアージャパンが担っています。今後は羽田発着のホノルル路線も担っていく予定です。
Q:乗客の視点から見ると、エアージャパン運航便も“ANA便”として搭乗されているかと思います。そのなかでエアージャパン“らしさ”というのはどのような点にあるでしょうか。
酒井氏:今後、ANAグループが国際線を成長戦略の柱としていくなかで、エアージャパンがさらに事業を拡張していくことが、グループ全体の成長の鍵を握っています。よって、ANAブランド便の安全かつ高品質な運航を研ぎ澄ましていきながら、生産量拡大をしっかりと果たしていかなくてはいけない、というのが大前提としてあります
こうしたなかで、エアージャパンが置かれている立場や役割を、社員が一体となって共感して進めていくことが非常に重要だと考えています。
そういったなか、エアージャパンの特徴として、多様なバックグラウンドを持つ人たちが集まっている点が挙げられます。外国籍の運航乗務員もそうですし、客室乗務員や地上スタッフも中途採用で、海外を含むほかの航空会社を経験されてきた方、あるいは別の職種で働いていた方など、非常に多様性があります。ANAをはじめ、ANAグループ内の会社から出向で来ている人も多く、皆の連携でエアージャパンは運航しています。
まさしく、この“多様性”が強みだと思っています。多様性があることで、お互いにいろいろな気づきが生まれたり、相互にリスペクトする土壌が生まれやすかったりします。そうした“エアージャパンらしさ”を発揮しながら一体となってよりよいオペレーションやサービスを追求していくという姿勢は社員にも浸透しており、自分たちの強みとして認識されています。
Q:今後の成長に向けて、ANAグループのなかでどのような特色のある会社を目指していきますか。
酒井氏:事業を拡張していくのはもちろん、自分たちが受け持っている路線を中心に、安全を大前提とした高品質なサービスを自分たちの提案で作り上げていく――。そうした主体性を持って、ANAやANAウイングスとともにANAブランドをより高めていけるような会社にしていきたいと考えています。
特に、エアージャパンがほぼすべての便を担っている路線があることは先ほど紹介したとおりですが、路線特性を熟知しているからこそ、より具体的な気づきや提案が生まれ、それはANAブランド全体の価値をさらに高めることにつながるものだと考えています。
また、私たちの持つ採用スキーム、つまり海外の派遣会社を通じた運航乗務員の採用や、CA経験や社会人経験を有する客室乗務員の既卒採用などの仕組みにより、事業拡張に“より柔軟に”対応していけるところも私たちの強みです。 加えて、こういったグローバルな採用マーケットにおける知見を有していることや、国際線運航のみであることも特色です。
そうした特色やポテンシャルの発揮を通じて、「エアージャパン社員のグローバル対応力」が強みとして認識され、そういった面でもANAグループ内で一目置かれる存在になっていければよいと考えています。
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