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10月26日、101年の歴史に幕を下ろしたCSAチェコ航空。名門フラッグキャリアに何が
10月26日、世界で5番目に古いエアラインであるチェコ航空(CSA)が自社の「OK」便名での運航を終了し、加盟していたスカイチームも脱退した。かつての名門フラッグキャリアの実質的な終焉。この出来事に至るまでの101年の軌跡を辿る。
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2023年に100周年を迎えた名門エアライン
チェコ航空、あるいはその前身にあたるチェコスロバキア航空。「CSA」の略称で親しまれ、特に昔からの飛行機ファンにとっては、旧ソ連製の旅客機を使用してヨーロッパや北米へ路線網を張り巡らしていた印象が今も残っているだろう。数年前まではA330でソウルにも乗り入れるなど、最近でもフラッグキャリアとしての存在感を堅持していた。
そんな同社はKLMオランダ航空、アビアンカ航空(コロンビア)、カンタス航空(オーストラリア)、アエロフロート・ロシア航空に次ぐ、現存する世界で5番目に古い航空会社。2023年には設立100周年を迎えた。先にマイルストーンを達成したKLMやカンタスのように、記念の特別塗装機が登場したが、近隣の欧州諸国ですらその姿はあまり目撃されていない。それどころか、最近はCSAの飛行機自体を、ほとんど見かけなくなっている。
実は現在、CSA塗装を纏った機体は2機しか残っておらず、自社の2レターコード「OK」を冠したフライトは、プラハ=パリ線、マドリード線の2路線のみに減っていたのだ。しかもその最後のルートも、2024年夏スケジュールの終わりとともに終焉を迎えた。
1923年、国内線で始動。戦後はソ連機で路線を拡大
近年の動きを語る前に、歴史を簡潔に振り返ろう。CSAが産声を上げたのは1923年。チェコスロバキア国営航空(略称は当時からCSA)として設立され、同じ年に当時は国内線だったプラハ(現在のチェコの首都)=ブラチスラバ(現在のスロバキアの首都)線で運航を開始した。1930年には国際線にも進出したが、第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるチェコスロバキア併合を受け、一旦は運休に追い込まれている。
戦後に運航を再開したものの、1948年のクーデターにより共産党がチェコスロバキア政権を掌握したあとは、ソ連製の機体で順次、フリートを強化していった。1950年にはジェット機の運航も開始したが、その機体もソ連製のツポレフTu-104を採用している。同社にとって初の大西洋路線となったハバナ(キューバ)線こそ1962年にイギリスのブリストル製ブリタニアで就航したが、程なくしてイリューシンIL-18に置き換えられてモントリオール(カナダ)線やニューヨーク(アメリカ)線をネットワークに追加している。その後も自国のLETクノヴィツェ製L-410のほか、イリューシンIL-62、そして後年にはツポレフTu-134やTu-154など、東側製の機体でフリートを拡大していった。
チェコスロバキア連邦の解消とともに近代化
1991年のソ連崩壊や1992年のチェコスロバキア連邦解消の後は、西側製の旅客機へ機材を更新。近距離路線用としてボーイング737を多数導入したほか、ワイドボディ機はエアバスA310へ更新、プロペラ機のフリートとしてはATR42/72を導入した。
会社組織の面でも、元々子会社であったスロブ・エアを分離し、CSAはチェコのフラッグキャリアに。エールフランス航空などが出資し民営化され、1995年に現在の社名、チェコ航空となった。2000年にはスカイチームへの正式加盟も果たしている。なお分離したスロブ・エアは当初、スロバキアのフラッグキャリアとなるはずだったが、代わりにスロバキア航空(こちらも2007年に運航停止)が立ち上がったことで消滅している。
大韓航空による出資で一旦は黒字化、そして競合相手の傘下へ
ボーイング737のフリートは2000年代後半にエアバスA320ファミリーに更新されたが、2000年台終盤には経営難から、チェコ政府が残る保有株式を売却しての完全民営化を検討する。売却にあたり、エールフランスKLM、アエロフロート、CSAの競合相手で同じチェコのエアラインであるトラベルサービスなどをそれぞれ中心とした4つのコンソーシアムが応募したものの、結局買収は不成立に。引き続きチェコ政府の下で機材数の削減などを通じた経営再建を目指すことになった。
だが、その後も赤字はさらに膨れ上がる。そんな中、2013年に韓国の大韓航空が株式の44%を取得。現・大韓航空CEOである趙 源泰氏を監査役に迎えるなどして経営再建を図った結果、2015年に営業利益の黒字化を達成。また株式取得と同時に大韓航空からA330-300が1機リースされ、プラハ=ソウル線に就航した。2009年のニューヨーク線運休以来、途絶えていた長距離路線も再開し、CSAは経営難から脱却したように見えた。
その一方で、トラベルサービス(2018年にスマートウィングスに社名変更)も2015年にCSAの株式を取得し、さらに2017年には大韓航空やチェコ政府系企業が保有していた全株式も取得。以降、2022年に株式の大部分がスマートウィングスのオーナーが保有するPrague City Airに移っているものの、現在に至るまでCSAは実質的に競合相手であったスマートウィングスの傘下にある。
追い打ちをかけたコロナ禍、ついに「OK」便名が消滅
だが大韓航空の下で達成した黒字化は長くは続かず、コロナ禍で航空需要が落ち込むとCSAの経営状況はさらに悪化。ソウル線から撤退しA330を返却したが、その後も状況は改善せず、2021年に経営破綻してしまった。破綻時にATRシリーズを即座に全機退役させるなど機材を大幅に削減し、最終的に残ったのはA320×2機となる。これにより運航路線も減り続け、ついに自社の「OK」便名で運航する路線はパリ線とマドリード線のみとなってしまったのだ。自社便名の合間には、かねてより実施していたスマートウィングスの「QS」便名フライトの運航を担っていた。
そして2024年10月26日、同年の夏スケジュール終了をもって、2レターコード「OK」便名でのフライトを終了。同時にスカイチームも脱退することとなった。CSAは今後スマートウィングスの持株会社となり、運航はスマートウィングスに1本化される。
スマートウィングスはボーイング737を運航しているため、CSA塗装を纏った2機のA320の将来は不透明だが、10月27日以降も当面の間はパリ線、マドリード線ともに一部日程を除きA320が投入される予定となっていることから、しばらくは活躍を続ける見込みだ。
さらに、実はCSA/スマートウィングスは新機材であるA220の導入を控えており、奇しくもCSAの運航最終日となった10月26日に初号機(登録記号OK-EYA)の姿が初めて目撃された。元々CSAとして導入予定だった同機は尾翼とウイングレットのみ同社の塗装が施された状態でロールアウトしており、胴体のタイトルはなく、赤いはずのエンジンも真っ白の状態だ。自社便名こそなくなってしまったが、今後も機体のカラーリングでCSAのレガシーは生き続けるのか? 注目したい。